オオカミの遠吠え通信

限りなくブラックに近いグレー。

嵐にまつわる戯言。(或いは自分の中のもやもやを解消する為の文章)

先日の「嵐にしやがれ」を見て、思い出したことがある。

それは或るブログで発せられた記事を読んだ時の話。

ブログ主は重度のサトシックであり、未だ「魔王」しか受け容れられない熱狂的なファンの一人である。

そんなブログ主は嵐の被災地ライブの映像を見て、こんなことを書き記している。

「何故、被災地でのリクエストNo.1の曲を流さなかったのか」

そもそも「被災地におけるリクエストNo.1の曲」が何であるかが微妙なのだが、仮にブログ主の主張が事実だとしてもその曲を流す義務はテレビ局側にはない。

もしかすると構成上の都合で漏れたかもしれないし、他の楽曲の方が盛り上がったことも考えられる。

何れにせよ、「何故あの曲を流さなかったのか」などと声高に主張するのは好ましくないし、それこそ「ジャニオタ」と揶揄されても仕方がないだろう。

ところで、ライブ中のMCにこんな趣旨の発言があったらしい。

「被災地の皆様のことを日々思っています。」と。

どんなトーンで発せられたかは不明(何しろ録画を見ていない(^^;;)だが、少なくとも誰かに言わされた言葉ではなく、自発的に発せられたものであることは容易に検討がつく。

大半の視聴者(含むその場に居合わせた人)はその裏にある気持ちを汲み取り、素直に「櫻井くんらしい言葉」と感じたことだろう。

並外れて捻くれている私ですら、その温かさに心を震わせてしまう。

でも、件のブログ主は違う。

自分自身、四六時中被災地のことを考えているわけではないことを理由に、「如何にも誰かに言わされた、嘘っぽい言葉」と切り捨てていたのだ。(ブログ主もまた被災者の一人)

尤も、そういった印象を受けたことは確かであるから、それはそれで仕方が無い。

私がブログ主に不信を抱いたのは、その後に記された文章。

心無いファンの一人が(櫻井くんが制止したにも拘らず)携帯電話で撮影を行おうとした際、怒った櫻井くんがその携帯電話を叩き落とした…といった内容の記事が週刊誌に取り上げられたようで、それを読んだブログ主は「付け焼刃の言動はすぐに鍍金が剥げる」「化けの皮が剥げた」と断言していた。

おいおい、言っていいことと悪いことがあるだろうに。

「悪気は無い」「事実を述べただけ」では済まされないような言葉に、私は唖然とする。

事実無根かも知れない記事を鵜呑みにするばかりか、「本質とは異なるイメージを演出しようとした結果の歪み」とまで書かれており、仕舞いには「嵐のイメージダウンに繋がる前に事務所は対策を立てるべき」と進言している。

ま、火の無い処に煙は立たないから、全くのガセネタと言い切るのは難しいかも知れない。

けれど、今時週刊誌記事を無条件に受け容れ、一方的に批判する姿勢は匿名掲示板に群がる一部のユーザーと何ら代わりは無いのでは?と私は思う。

中には堂々とブログ主を批判した人もいたが、何れもバッサリ切り捨てられていたっけ。

批判はするけど、批判は受け付けない。

特に人格を否定されることを何よりも嫌う辺り、失礼ながら××(ブログ主が嫌っている人々)と同レベルなのだろう。

淋しい人なのかもしれない。

妄想小説(はっきり言って官能小説に近い)を発表したがるのも、鍵部屋にラブの要素が無かったことに不平を漏らしたのも、自分の思った方向に事が運ばないことを激しい口調で罵るのも、私生活が満たされていないから…と思えば合点がいくのだが。